琉球古典音楽考の最近のブログ記事

この前の論考その③のあとで梵鐘の音を調べるといろいろなことが判りました。
まずは仏教におけるお寺の鐘の音には意味があり、Wikipediaによると
「梵鐘は単に時報として撞かれたものではなく、その響きを聴く者は一切の苦から逃れ、悟りに至る功徳があるとされる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/梵鐘
との事です。
それ以外にもやはり鐘の音には
「梵鐘の余韻の中に含まれる「1/fゆらぎ (エフぶんのいちゆらぎ)」があるそうです。
http://www.nippon.com/ja/features/c00614/

前から思っていた琉球古典音楽、とくに大節における仏教の影響の大きさをつくづく感じます。
※少々長文です

ちょっと前に博物館の「三線の力」展に行ったこともあり、盛島開鐘などの開鐘と言われる三線の音についてよく考えます。
とくに盛島開鐘のチィーガ内部の複雑な構造について思いを巡らします。
開鐘については一般にその棹の出来の良さについて述べられることもあり、実際棹の材質や作りなど現代からみても一級品であり、多少の好みの問題はあるにしろ、一般にいうところの良い音が出るのはよく判ります。
しかしよく考えると、これらの開鐘の良い音というのは、時の琉球王朝が国家として認めた音の基準であり、それは民衆が歌い、奏でる民謡のためのものではなく、宮廷音楽たる現代で言う琉球古典音楽を奏でるための良い音ということなります。
つまり開鐘の音とは琉球古典音楽の三線の音となります。
現代の三線ヒチャーの評価がいろいろと割れるのも、そのあたりが評価基準に入っているかどうかが一つの原因ではないかと思います。
つまり民謡と琉球古典音楽の音楽性の違いがなにかということです。
私見ですが、いろいろあるなかで開鐘たる三線に関することでいえば、三線演奏における間接音の取扱いだと思います。
私は開鐘の意味は・(手を)開(いて、弾くと)鐘(のように響く)・というふうに考えています。
手を開いて弾く、つまり三線の基本音である開放弦、合・四・工の三弦を弾いた際に鐘のように響く三線ということです。
そしてこの鐘の音というのが、どういう音なのかということになります。
これまでその音は、いろいろと開鐘の逸話にあるように遠くまで綺麗に響く音だと考えていました。しかしそれでいえば、よく響く三線というのは、現代のチィーガ製作技術においては、だいたい克服されています。響が長く澄んだ良い音がするチーガついて言えば、現代においては皮の品質や張りなどの技術が中心であり、一般的には盛島開鐘にみられるようなチィーガ内部の掘り込み構造は、現代風の三線の音には影響しない、甚だしくは音がこもったように聞こえて良くないとさえ評価する人もいます。
私は自分で製作した棹にチィーガをつける際、実はこの市販の盛嶋型のチィーガに人工張りで皮をはった物を取付けました。
皮の張りは今は亡き、三線製作の師匠である新垣先生の手になるもので、よく響き、気に入っていて練習ではいつもそれを使っています。
長くそれをつかっていましたが、これまで他の通常のチィーガに比べて違っているのはわかるのですが、何が違っているのか、自分の耳でわかりませんでした。
新人賞・優秀賞・教師試験と三線修行をすすめていくなかで、ようやくその段階に達したのしれませんが、今日ミージル(女弦)を弾いてはじめて、その違いの正体が聞き分けられました。
自分の耳が違っているのかもしれないと、同じ新垣先生の張った別の普通のチィーガの三線と聞き分けて確認して確信しました。
最初のアタック音である直接音については盛島型も普通型もチィーガに音に違いはありません。
しかし盛島型のチィーガには間接音たる響に揺らぎが入ります。
そこでようやく開鐘の音を擬して言われるところの鐘の音の意味が判りました。
よく澄んで遠くまで響く音ということであれば、それを擬してあらわす物は他にいくらでも有ります。

そう考える中で鐘の音の他とは違う特徴はなにか?
鐘の音は
「ゴーーーーーーーーーーーーーーーン」
ではなく
「ゴーーゥンーーゥンーーゥンーーゥン」
ではないのか。
この響の綺麗な(ここ大事!)ゆらぎ音が特徴であり、それを三線で実現しているのが、盛島開鐘のチィーガ内部の掘り込み構造ではないかということです。
ではなぜそのような音が求められるのか?
ここからは妄想全開ですが、これまで学んだ古典音楽のこれに関係しそなう要素を上げると。

1・いつも山内先生が提唱する工工四の偶数奇数の強弱構造。
2・野村流古典音楽の工工四にあける弦楽部と声楽部の節殺しを避けるための音のずれ。
3・野村流古典音楽の大節にあける間の重要性。
※2,3ともに響を良く聞くためではないのか?
4・西洋声楽における良い発声時に生じるといわれる意識されないビブラート、古典の名人の声をよく聞くとしっかりそれが表現されている。

などなどいくつか思い浮かべることがあり、それらが琉球古典音楽におけるゆらぎ音の大切さを示しているような気がしてなりません。

揺らぎと聞いて一番思い浮かぶのは、有名になったf/1(エフぶんのいち)ゆらぎです。
これは人の身の回り、森羅万象のなかに存在します。
f/1ゆらぎとは沖縄の森や林の枝葉のざわめき、風や雨、海の波やそれに反射する光などがもつ大自然そのものがもつ息吹がもつパターンです。
琉球古典音楽のなかには、沖縄の自然や風物を背景とした曲が数多く有ります。
つまり琉球古典音楽のなかにはそれがはからくも内在しているのでは無いか。
それを表現するための一つ方法が盛島開鐘のチィーガ構造のゆらぎ音ではないかとおもうのです。

良い琉球古典音楽を聴いていたら気持ちの良い睡魔に襲われるというのは良く聴きます。
古典に内在する様々な揺らぎのもつ効果かもしれません。

『はじめに』
 さて教師免許への挑戦もおわり、いよいよ2016年8月にひらかれる筈の琉球新報社主催 芸能コンクール最高賞への挑戦がはじまります。
 長いようで多分短い、2年ちょっとのこの挑戦の準備期間に、これだけはやっておきたい事があります。
 それは自分自身にとっての琉球古典音楽の音楽観の確立です。
 もちろん完璧な音楽観など、まだまだ古典音楽を学びだしたばかりの私には、望むべきもないのはわかっているつもりです。しかし新人賞、優秀賞とテクニックをばかりを磨いてきてきましたが、最高賞への挑戦は技術的な部分ばかりではなく、琉球古典音楽と何か?という自分なりの理解がなければならないような気がするのです。
そのためにこの準備期間をつかって自分なりの琉球古典音楽観みたいものをまとめみたいと思います。

『本論』
現在までに野村流について自分なりにわかっていることのポイントを幾つかあげてみます。

[その1] 湛水流と野村流の違い
野村流安冨祖流などの現代琉球古典音楽の元になった湛水流との比較を書き出してみます。
いつもてんてん公演で山内秀吉先生の講義を聴いてわかっていること。

A)演奏技術
 湛水流 手が細かく、技法も多彩
 野村流 拍子、空白が多く、それほど難しい技術はいらない。
B)声楽技術
 湛水流 声の出し方は直線的で難しい節回しなどはあまりない、弦と声は同時に発声することが多い。
 野村流 節回しが様々あり、細かな表現力が要求される。弦と声はずらして発声することが多い。
C)曲調
 湛水流 直線・開放的であり、自然な感じ
 野村流 婉曲・抑圧的であり、落ち着いた感じ。

全体ととして印象は湛水流の方が単に演奏技術など部分をみるとむしろ高度であり、一見すると野村流はその簡略版ではないかという考えが浮かぶ。
まあ単純にいうと豊穣の湛水流と静謐の野村流の対比のように見える。

[その2] 野村流工工四の構造からみえるもの。
・特徴1 工工四の升目における奇数と偶数の位置にそれぞれメインとサブの機能が割り当てられている。この位置に従い声楽や演奏は、その技術的性格が決められている。
・特徴2 拍子、つまり間が多く弦は残響音への細かい処理が大事。
・特徴3 声楽において、声の上げ下げにおける声質や息の使い方や節回しなど、肉体における非常に高度な制御技術が要求される。
・特徴4 演奏技術において、今は主流の考え方ではないが本来抜音(ぬじおと)などの高度な装飾音的演奏方法がある。

特徴1と4はそもそも湛水流からつらなる沖縄的美意識の構造。特徴2と3は邦楽的美意識による構造。野村流とはこの二つの美意識の緊密なる結合より出来ている。

[その3]三線の構造からみえる物
・野坂のくぼみは昔の爪が弦にあたる位置を示しているのでは無いか。その位置は三線のデザインを決めるほどながく続いたのではないか。
・安冨祖流の昔の工工四には爪を弾く位置は現在のチーガの下から3分2ほどの位置ではなく、チーガ棹の境目、つまり野坂を含む部分と書いてある。
・戦前のつめは長く、伊差川世瑞先生の爪などは10.5センチもあり、そのような爪で弾くと爪と弦あたる位置はやはりチーガの境目となります。
以上のことから本来の野村流などの古典音楽を弾く際の爪が弦に当たる場所はチーガの端です。
この演奏法の特徴は音が馬からはなれれば離れるほど高い音が消え、落ち着いた音がします。
そのかわり民謡などの速弾きは不向きです。

以前の論で開鐘についてのべて分かる通り、琉球王朝時代の三線の音は現在の代表的な音高4 Cより2つほど低い2のA#です。これは野村流のウフブシなど弾くと、ゆったりとして低い音が基調となっていることを表しています。そして爪の弾く位置もそれから推察される動作も、それを意味しています。
とにかく現代の三線の音と琉球王朝時代の開鐘の代表される三線の音はかなり違う音をだったはず。
[その4]その1からその3までを踏まえて、ここから妄想です。

・チャンプルー
琉球古典というわれるものは湛水流までの、それまで沖縄音楽中心に邦楽の要素を配するというかたちに対して野村流は基本的な構造に強弱理論と抜音に代表される沖縄的祝祭豊穣の演奏形態に拍子、つまり間を取り入れた日本の能に代表される武家芸能の要素を組み合わせて作られたもの。
その意味でチャンプルー文化のひとつの形である。

・生(性)と死・動と静・支配階級と非支配階級(庶民)・情と知
湛水流的世界観→沖縄の民謡に代表される生(性)を謳歌し、豊穣を最高の価値とする文化
能に代表されれる日本武家文化→日本の仏教を根底に戦う戦士としてつねに死を見据えていた武家芸能
これら2つの要素が結合したのが琉球古典音楽では無いのか。

・野村流を演奏するポイント
とにかく間をどう解釈して表現するか。これがこれから課題です。

[結論]
野村流とは工工四の升目に配された奇数・偶数の主・従関係に代表される琉球的美意識
と間という静謐の中に知を見る邦楽における武家的美意識が結合したものではないか。

[終わりに]
いろいろ書き連ねましだか、まだまだまとめきれないことが多々有ります。
世禮國男先生が声楽譜付き工工四をまとめるときに琉球的美意識である工工四の奇数・偶数の理論や抜音などの技術を抜け落としたのか。あの時代琉球的意識よりは日本的な臣民たる関係性を強要されたせいではなかったか。またある意味違う文化である琉球古典音楽に寄せられる琉球古典にたいする本土の方々の親和性の高さはこの当たりにあるのもかも。・・・・。などなど疑問が一杯有ります。
これらの2年間書きれなかったことも含めていろいろなことを検証して自分なりの琉球古典音楽観みたいなものを確立したいと思います。
『はじめに』 
三線の名器とよばれる開鐘(けいじょう)、もしくは開門とも伝えられます。 
その音の秘密を今回教師免許にいどむ練習の中で一つわかったようなきがするのでここに書き残したいと思います。 

それは「開鐘というのは古典三線音楽の演奏時間により生まれたのでないか」と言うものです。 

琉球古典、なかんずく野村流など古節(ウフブシ)の演奏時間は長く、最高賞の課題曲でもある中節などはフルで弾くと三十分ほどかかります。 
しかも実際弾いてみるとわかりますが、現代のロックなどの曲のテンポに比べると極端に遅い。発声はロングブレスで長くひっぱり、弾弦も一回弾いてから次に弾くまで間が有ります。 
しかも野村流の場合、声と弦はズラして演奏されれるという極端に特徴のある演奏方法となっています。 

『考察』 
今回思いついたこと、それは演奏時間についての悩みから始まりしました。 
教師免許に挑戦する課題曲は作田節と干瀬節の二曲、二揚げで短い干瀬節はともかく古典のウフブシの代表曲でもある作田節はフルで演奏するとだいたい10分55秒ほどかかります。 
師匠である金城先生からはこの演奏時間プラスマイナス10秒程度で納めなさいと言われています。 
最初は極端な話2、3分程度のズレは普通でした。 
何回も練習しているうちにようやく1分程度まで誤差は縮まりましたが、どうしてもただ弾いて、自分センスだけに頼っていたらそれ以上は縮まりません。 
練習の早いうちに三線を弾くテンポが大事だということはわかったのですが、それを演奏時間の制御とどう結びつけるのかいまいちわかったてませんでした。 
試験の日程が迫るなかいろいろ試行錯誤していてふと思ったのが、山内先生や金城先生が教室に通いはじめたころ口を酸っぱくして指導してくれたことのいくつか。 

1)三線の弦から指を離すタイミングが早い。 
三線の弦は開放弦以外、一旦抑えてから弾弦すると余韻として鳴り続ける。指を離すとそれが消える。 
2)三線の音を聞きなさい。 
三線の楽譜である工工四の記されているのは勘所であり、音の高さではない、よって弾いた音は自分の耳で判断しなさい。 
3)チンダミ(調弦)を正確に。※チンダミは相対音感のこと。自分の耳による音感の正確さ。 
相対音感は正確になった弦の音を判断でるように、演奏者の内部に音の基準ができたということ。 

この3つは三線演奏における初心者の心得として大事なものだと深く心に刻みつけたいものだと思います。 

ではこの3つを意識して三線の弦を弾いて、しっかり音の推移を聞いてみます。 
弦は最初弾いた直接音の後は、周りの弦やチーガーの皮や内部の反響音、棹の振動など様々な残響音をともないながら消えていきます。 
実際の作田節を引く場合は、これが古典特有のゆっくりしたテンポの連続した演奏なかで繰り返され行きます。 
そうすると三線の音をテンポの基準にする場合に必要なのは、この残響音の長さを耳できいて、あとは指を離すか押さえるかして、次の音に切り替えるタイミングを測ればいいのではないかと思ったのです。 
実際の演奏では、この三線の音に声が載せられていきます。この場合でももともと野村流の特徴である弦と声をずらす構成。このことを山内先生はせっかくの三線の音を声からずらして聞かせるためと、いつか言っていましたが、もしかしたら上記の技法の為というのもあるのではないかと思いました。 

実際音の残響音を確認しながら演奏すると演奏時間の正確さはかなり上がりました。 
そしてなにより三線の音に集中し、それに絡めるように声を発声していくこのスタイルは気持ちが良いし、美しいのです。 

『結論』 
開鐘を定義する一番の特徴、音の余韻。これは琉球古典の長い曲を演奏するテンボを三線の残響音により確認するためではないのか。 
開鐘は美的というよりは、琉球古典を演奏する楽器として必要な性能の一つとして要求されたものである。 
琉球王朝が5開鐘を定めたのもむべなるかな。 

『蛇足』 
開鐘(けいじょう)、もしく開門とよばれる漢字ですが、両方に共通している開くという漢字。 
これが先ほどのべた抑えた弦を離すこと。つまり指を手を開くという意味ではないのか。 
ふと思いつきました。 

『あとがき』 

琉球王朝時代に盛島開鐘の他、5つの名器が王朝により認定されています。 
開鐘の音の特徴は、伝説によれば深夜に鐘が響くような余韻が特徴とされています。 
本当の所、その音がどのようなものか、とくに音の余韻の主体であるチーガー(胴)の製作技術や糸の違い、当時主流だった音質の好みなど、往古の開鐘の音がどようなものだったのか、現在論争のあるところだと思います。 
私自身も三線弾きでも製作者である立場から、三線音楽における「良い音」、なかんずく開鐘の意味する音とはなにかとずっと頭を悩ましてきました。 
今回そのヒントとも思える出来ごとがあったので自分の備忘録としてここに記します。

エウレカ!

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今日、いやもう昨日になったてんんて金曜公演の内容。 
いつもの世禮國男先生の楽典解釈の講義において、古典の特徴と民謡の違いについての一言。 
「古典のもつ奇数、偶数の強弱関係の構造こそ、それを持たない民謡との違い」・・・うおおおおっー、この一言をもてめて何年という感じです。 
そうです、この一言のなかに琉球古典野村流音楽の真髄が隠されています。 
山内先生に感謝。てんてん金曜公演に感謝です。犬
現在失業中、時間だけはたっぷりあります。 
年の受験にむけて日々課題曲の作田節を日がな一日弾いています。 
ある種贅沢な日々。 
日も三線を工工四をみながら弾いていて、ふと頭のなかに浮かんだことがあります。 
線演奏というのは、弾いて、唄って、踊ることなんだと。 
楽においては三線は弾くだけでも、唄うだけでもだめで、両方を一人の唄者が行うことをもとめられるます。ではその2つは当然として、さらに踊ることまでとはどういうことか。 
工工四の譜面をみながら三線ひいていると、弦楽譜どうりに正確に三線の勘所をおさえて、弦を引き、声楽譜どうりに声を出し、節にしたがい喉使いを変えていきます。 
これが古典音楽を演奏することだと今まで思っていました。 
いやそれでいいだろうという声が聞こえますが、優秀賞をめざして日々練習している今、それだけではなにか足りないと感じて、最近工工四の弦楽譜の指示記号にしたがい、演奏の両方の手の動きをいろいろ変え、その動きあわせて歌声を出すように練習しています。 
具体的にいうと弦楽譜に弦を抑えている手を開くという記号があります。この記号自体は抑えてある弦ここで離すという意味です。図でいうと尺を引いたあとの一拍休みの拍子部に下矢印のようになっている記号がそうです。これ自体は指を離すことで、尺の余韻を消すというものです。そして次の拍子でもう一度尺を引きます。
この時の声楽譜の動きをみると、この記号の前後をふくめた声楽譜の吟はだいたいその記号にしたがい、一緒に変化している場合が多いのです。 
これまでは、その弦楽譜の記号と声楽譜の動きは、弦の音の変化と、声の変化として2つの別々のものとして演奏し、歌っていました。 
しかし今日練習しておもったのは、これを2つの別の物ではなく、弦を弾く手の動きを一種の踊りとして、それにともない弦の音と音声が絡み合い一つ物となるような演奏方法があるのではないか。 
つまり琉球古典音楽をやるということは、一人で三線で踊り、音をだし、そして唄うということではないかと考えたのです。 
もともと三線は踊りの伴奏楽器として発達した面があります。そのことから考えると、曲のなかにその要素が内在していると考えてもおかしくはないのかもしれません。 
琉球古典音楽、なかんずく古節(ウフブシ)は武士が大勢で演奏するように作られたのかもしれませんが、一人で弾く場合に、妙味があると感じます。複雑工工四の習得は大変なものですが、そのような考えにたつと、覚えるのもちょっと面白く感じられると思うのです。 
ちなみに三線演奏における手の動きは安富祖流では手様という言葉をつかっているようですが、それが私の理解しているもと同じものかどうかはわかりませんが、長いウフブシ(なにせ30分以上演奏が続くものがある)を覚えるのに、身体の動きをつかうというのは、結構合理的だとおもうのです。 
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