2014年5月アーカイブ

夜勤のことがあるのでいつもなら出席しないのですが、今回は教師免許の免状交付があるので参加しました。
場所は那覇市辻にある料亭「那覇」、そのまんまの名前ですね。
結構伝統がある料亭らしく総会がひらかれるときにはよく使われるそうです。
雨のなかパイクででかけ、12時から開始された総会冒頭にはまにあいませんでしたが、斉唱するところからは参加できました。
比較的はじめの方で免許の交付がおこなわれ、一人ひとり名前がよみあげられるなか、私も列にならびやがて免許状を受け取りました。
写真には昼にでた弁当を写しましたが、結構ボリュームがあり美味しかったです。
余り寝ていないので途中から抜けて家に帰りました。
これでようやく教師試験の一連の流れは終わりました。
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286回ライブ空間「てんてん」金曜ライブ報告 
日時 2014年3月14日 
日 PM7:30 
歌・三線 山内秀吉 
琴 上条三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
連絡先  090-1513-1285 meil tenten34@fs-hana.com 
お題 :世礼楽典を理解するために 伊江節
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冒頭のかぎやで風節ですが今回は名護親方のいろは歌「わ」からです。
「我見に瑕あれば 我身の瑕直し 人の瑕誹(す)して 益やなさみ」
山内先生の解説は
「自分の心に傷や欠点があるのなら、自分でその欠点を正すこと。人を傷つけたり欠点を批難したりしても何のためにもなりません」
生きていくということは、誰かと袖すり会うこと。そのなかで傷つけたり、傷つけられたりします。そんなときにはまずは自ら正すことが先決であり、相手を批難しても決して良い結果はえられないということでしょうか。

今回の楽曲解説は【世礼楽典を理解するために「伊江節」】です。
歌詞は次のとおり

あがり打ち向かて → 東に向かって
とびゅるあやはべる → 飛ぶ蝶よ
まずよまてはべる → ちょっと待って蝶よ
いやりもたさ → 伝言を頼もう。

歌意
なかなか意味深な歌詞です。蝶を何ととるかで曲の解釈が大きく変わる曲です。似たような歌詞に金武節がありますが、あちらは蝶を遊びにでかける友人と見立てた少々色っぽい解釈の曲でした。
しかし私にはこの蝶が人の魂の比喩であるように思えます。そう見立てるとこの歌詞の意味は一変して宗教的な雰囲気を帯びた厳かなものになるような気がします。。

※訳は「沖縄三線 節歌の読み方(大城米雄 編著)」を参照しました。 
講義の内容はいつものどおり弦楽部と声楽部の説明にわかれて説明が有りました。
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-- 演奏曲目 -- 
かぎやで風 
長伊平屋節 
解説-世礼楽典を理解するために 伊江節
伊江節
あがさ節
踊こはでさ節
湛水流-解説 
湛水流 早作田節 
野村流 早作田節 
二揚下出し仲風節
二揚下出し述懐節
------------- 
公演がおわっていつも楽しい懇親会が開かれました。
島ダコの刺し身が美味しく、またてんてん農園でとれた新ジャガ料理の数々美味しゅうございました。
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この前の論考その③のあとで梵鐘の音を調べるといろいろなことが判りました。
まずは仏教におけるお寺の鐘の音には意味があり、Wikipediaによると
「梵鐘は単に時報として撞かれたものではなく、その響きを聴く者は一切の苦から逃れ、悟りに至る功徳があるとされる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/梵鐘
との事です。
それ以外にもやはり鐘の音には
「梵鐘の余韻の中に含まれる「1/fゆらぎ (エフぶんのいちゆらぎ)」があるそうです。
http://www.nippon.com/ja/features/c00614/

前から思っていた琉球古典音楽、とくに大節における仏教の影響の大きさをつくづく感じます。
※少々長文です

ちょっと前に博物館の「三線の力」展に行ったこともあり、盛島開鐘などの開鐘と言われる三線の音についてよく考えます。
とくに盛島開鐘のチィーガ内部の複雑な構造について思いを巡らします。
開鐘については一般にその棹の出来の良さについて述べられることもあり、実際棹の材質や作りなど現代からみても一級品であり、多少の好みの問題はあるにしろ、一般にいうところの良い音が出るのはよく判ります。
しかしよく考えると、これらの開鐘の良い音というのは、時の琉球王朝が国家として認めた音の基準であり、それは民衆が歌い、奏でる民謡のためのものではなく、宮廷音楽たる現代で言う琉球古典音楽を奏でるための良い音ということなります。
つまり開鐘の音とは琉球古典音楽の三線の音となります。
現代の三線ヒチャーの評価がいろいろと割れるのも、そのあたりが評価基準に入っているかどうかが一つの原因ではないかと思います。
つまり民謡と琉球古典音楽の音楽性の違いがなにかということです。
私見ですが、いろいろあるなかで開鐘たる三線に関することでいえば、三線演奏における間接音の取扱いだと思います。
私は開鐘の意味は・(手を)開(いて、弾くと)鐘(のように響く)・というふうに考えています。
手を開いて弾く、つまり三線の基本音である開放弦、合・四・工の三弦を弾いた際に鐘のように響く三線ということです。
そしてこの鐘の音というのが、どういう音なのかということになります。
これまでその音は、いろいろと開鐘の逸話にあるように遠くまで綺麗に響く音だと考えていました。しかしそれでいえば、よく響く三線というのは、現代のチィーガ製作技術においては、だいたい克服されています。響が長く澄んだ良い音がするチーガついて言えば、現代においては皮の品質や張りなどの技術が中心であり、一般的には盛島開鐘にみられるようなチィーガ内部の掘り込み構造は、現代風の三線の音には影響しない、甚だしくは音がこもったように聞こえて良くないとさえ評価する人もいます。
私は自分で製作した棹にチィーガをつける際、実はこの市販の盛嶋型のチィーガに人工張りで皮をはった物を取付けました。
皮の張りは今は亡き、三線製作の師匠である新垣先生の手になるもので、よく響き、気に入っていて練習ではいつもそれを使っています。
長くそれをつかっていましたが、これまで他の通常のチィーガに比べて違っているのはわかるのですが、何が違っているのか、自分の耳でわかりませんでした。
新人賞・優秀賞・教師試験と三線修行をすすめていくなかで、ようやくその段階に達したのしれませんが、今日ミージル(女弦)を弾いてはじめて、その違いの正体が聞き分けられました。
自分の耳が違っているのかもしれないと、同じ新垣先生の張った別の普通のチィーガの三線と聞き分けて確認して確信しました。
最初のアタック音である直接音については盛島型も普通型もチィーガに音に違いはありません。
しかし盛島型のチィーガには間接音たる響に揺らぎが入ります。
そこでようやく開鐘の音を擬して言われるところの鐘の音の意味が判りました。
よく澄んで遠くまで響く音ということであれば、それを擬してあらわす物は他にいくらでも有ります。

そう考える中で鐘の音の他とは違う特徴はなにか?
鐘の音は
「ゴーーーーーーーーーーーーーーーン」
ではなく
「ゴーーゥンーーゥンーーゥンーーゥン」
ではないのか。
この響の綺麗な(ここ大事!)ゆらぎ音が特徴であり、それを三線で実現しているのが、盛島開鐘のチィーガ内部の掘り込み構造ではないかということです。
ではなぜそのような音が求められるのか?
ここからは妄想全開ですが、これまで学んだ古典音楽のこれに関係しそなう要素を上げると。

1・いつも山内先生が提唱する工工四の偶数奇数の強弱構造。
2・野村流古典音楽の工工四にあける弦楽部と声楽部の節殺しを避けるための音のずれ。
3・野村流古典音楽の大節にあける間の重要性。
※2,3ともに響を良く聞くためではないのか?
4・西洋声楽における良い発声時に生じるといわれる意識されないビブラート、古典の名人の声をよく聞くとしっかりそれが表現されている。

などなどいくつか思い浮かべることがあり、それらが琉球古典音楽におけるゆらぎ音の大切さを示しているような気がしてなりません。

揺らぎと聞いて一番思い浮かぶのは、有名になったf/1(エフぶんのいち)ゆらぎです。
これは人の身の回り、森羅万象のなかに存在します。
f/1ゆらぎとは沖縄の森や林の枝葉のざわめき、風や雨、海の波やそれに反射する光などがもつ大自然そのものがもつ息吹がもつパターンです。
琉球古典音楽のなかには、沖縄の自然や風物を背景とした曲が数多く有ります。
つまり琉球古典音楽のなかにはそれがはからくも内在しているのでは無いか。
それを表現するための一つ方法が盛島開鐘のチィーガ構造のゆらぎ音ではないかとおもうのです。

良い琉球古典音楽を聴いていたら気持ちの良い睡魔に襲われるというのは良く聴きます。
古典に内在する様々な揺らぎのもつ効果かもしれません。

時 2014年2月28日 
日 PM7:30 
歌・三線 山内秀吉 
琴 上条三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
連絡先  090-1513-1285 meil tenten34@fs-hana.com 
お題 :世礼楽典を理解するために 大田名節
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冒頭のかぎやで風節ですが今回は名護親方のいろは歌「を」からです。
「男生まれても 女生まれても 油断さん者と 我胴や持きゅる」
山内先生の解説は
「男に生まれようとも、女に生まれようとも、油断することなく懸命に働く人こそが自分高めるのです」
働く事の大切さを言っているようにも、芸を極めようとする人に練習の大切さを説いているようにも聞こえる言葉です。

今回の楽曲解説は【世礼楽典を理解するために「大田名節」】です。
歌詞は次のとおり

おほだなのよめや → 大田名の嫁に
なりぼしややあすが → なりたいが
いしやらあさみちの → 石原砂利道は
くみのあぐで → 歩きかねて行く気になれない。

歌意
大田名の嫁にはなりたいが、朝夕の水汲み道の、石ころ砂利道には難渋するので行く気にはなれない。

※訳は「沖縄三線 節歌の読み方(大城米雄 編著)」を参照しました。 
講義の内容はいつものどおり弦楽部と声楽部の説明にわかれて説明が有りました。
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-- 演奏曲目 -- 
かぎやで風 
長伊平屋節 
解説-世礼楽典を理解するために 大田名節
大田名節
伊江節
あがさ節
湛水流-解説 
湛水流 暁節 
野村流 暁節 
二揚下出し仲風節
二揚下出し述懐節
------------- 
公演がおわっていつも楽しい懇親会が開かれました。
この日はひさしぶりにナントゥー(味噌餅)がでてきて、美味しくいただきました。
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日時 2014年2月28日 
日 PM7:30 
歌・三線 山内秀吉 
琴 上条三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
連絡先  090-1513-1285 meil tenten34@fs-hana.com 
お題 :世礼楽典を理解するために 港原節 
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冒頭のかぎやで風節ですが今回は名護親方のいろは歌「る」からです。 
「瑠璃の玉と思て 肝のもてなしや 疵つかふ間ぬ 宝さらめ」 
山内先生の解説は 
「人の心はるり色に輝く宝(宝石)だと思って大切にしなければいけません。るりの玉は傷がつかないうちが宝なのです」 
人生には様々な出会いがあり、人との交流は人生におけるまさしく宝では有ります。 
その宝はしかし、いとも簡単に心無い行いや言葉で傷をつけてしまえるものです。しかもそれは目には見えない宝です。だからこそ、他人に対するときは常に気をつけなければならないということでしょうか。 

今回の楽曲解説は【世礼楽典を理解するために「港原節」】です。 
歌詞は次のとおり 

打ち鳴らし鳴らし→ 打ち鳴らし鳴らし 
四つ竹はならち→ 四つ竹を鳴らし 
今日は御座出て→ 今日はお座敷に出て 
遊ぶうれしゃ→ 遊ぶことができて嬉しい。 

歌意 
四つ竹を鳴らして、今日は(お役人様の)お座敷に上がって踊ることができて嬉しい。 

※訳は「沖縄三線 節歌の読み方(大城米雄 編著)」を参照しました。 
講義の内容はいつものどおり弦楽部と声楽部の説明にわかれて説明が有りました。 
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-- 演奏曲目 -- 
かぎやで風 
長伊平屋節 
解説-世礼楽典を理解するために 港原節 
港原節 
大田名節 
伊江節 
湛水流-解説 
湛水流 諸鈍節 
野村流 諸鈍節 
散山節 
二揚下出し仲風節 
二揚下出し述懐節 
------------- 
公演がおわっていつも楽しい懇親会が開かれました。
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