2012年6月アーカイブ

現在失業中、時間だけはたっぷりあります。 
年の受験にむけて日々課題曲の作田節を日がな一日弾いています。 
ある種贅沢な日々。 
日も三線を工工四をみながら弾いていて、ふと頭のなかに浮かんだことがあります。 
線演奏というのは、弾いて、唄って、踊ることなんだと。 
楽においては三線は弾くだけでも、唄うだけでもだめで、両方を一人の唄者が行うことをもとめられるます。ではその2つは当然として、さらに踊ることまでとはどういうことか。 
工工四の譜面をみながら三線ひいていると、弦楽譜どうりに正確に三線の勘所をおさえて、弦を引き、声楽譜どうりに声を出し、節にしたがい喉使いを変えていきます。 
これが古典音楽を演奏することだと今まで思っていました。 
いやそれでいいだろうという声が聞こえますが、優秀賞をめざして日々練習している今、それだけではなにか足りないと感じて、最近工工四の弦楽譜の指示記号にしたがい、演奏の両方の手の動きをいろいろ変え、その動きあわせて歌声を出すように練習しています。 
具体的にいうと弦楽譜に弦を抑えている手を開くという記号があります。この記号自体は抑えてある弦ここで離すという意味です。図でいうと尺を引いたあとの一拍休みの拍子部に下矢印のようになっている記号がそうです。これ自体は指を離すことで、尺の余韻を消すというものです。そして次の拍子でもう一度尺を引きます。
この時の声楽譜の動きをみると、この記号の前後をふくめた声楽譜の吟はだいたいその記号にしたがい、一緒に変化している場合が多いのです。 
これまでは、その弦楽譜の記号と声楽譜の動きは、弦の音の変化と、声の変化として2つの別々のものとして演奏し、歌っていました。 
しかし今日練習しておもったのは、これを2つの別の物ではなく、弦を弾く手の動きを一種の踊りとして、それにともない弦の音と音声が絡み合い一つ物となるような演奏方法があるのではないか。 
つまり琉球古典音楽をやるということは、一人で三線で踊り、音をだし、そして唄うということではないかと考えたのです。 
もともと三線は踊りの伴奏楽器として発達した面があります。そのことから考えると、曲のなかにその要素が内在していると考えてもおかしくはないのかもしれません。 
琉球古典音楽、なかんずく古節(ウフブシ)は武士が大勢で演奏するように作られたのかもしれませんが、一人で弾く場合に、妙味があると感じます。複雑工工四の習得は大変なものですが、そのような考えにたつと、覚えるのもちょっと面白く感じられると思うのです。 
ちなみに三線演奏における手の動きは安富祖流では手様という言葉をつかっているようですが、それが私の理解しているもと同じものかどうかはわかりませんが、長いウフブシ(なにせ30分以上演奏が続くものがある)を覚えるのに、身体の動きをつかうというのは、結構合理的だとおもうのです。 
工工四 コピーyahooo-8001193-2012年06月28日 00時29分.jpg

テーマ「工工四を説く くにや節の吟立てを考える」 
日時 2012年6月22日 PM7:30 
唄三線 山内秀吉 琴 上條三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
DSC_0015yahooo-800536-2012年06月23日 21時23分.jpg
---- 前半 ライブ演奏 ----- 
DSC_0017yahooo-800536-2012年06月23日 21時23分.jpg
1.本散山節 ごえん節 坂本節 
2.こにや節を説く。
3.最高賞受験のための試演
4.ぢゃんな節(湛水流) 
5.鷲の鳥節 鳩間節 でんさ節
6.二揚下出仲風節 二揚下出述懐節 

20120622ちらし2yahooo-8001112-2012年06月23日 21時23分.jpg

こにや節は自分で歌ってみて、良く掴み所がないけど、難しいという感じがしたものでずか、こうして工工四の吟立てという、側面から詳しく考察と実演を踏まえて説明されるとまったく違うものとして認識されるから面白いです。上巻節は奥が深いです。
本日は関西から来沖され、日曜日に沖縄タイムスの三線部門の最高賞を受験させれる方の試演が有りました。試演する本人も緊張ですが、何回か見知っている人なので、聞く方も緊張です。
一七八節と本花風節ですが、私の耳にはほとんどミスがないように聴こえました。すごいです。

---- 後半 懇親会 ----- 
先生手作りのスヌイ入りアガラサー(もずく入り蒸しカステラ)、少し硬くて失敗といっていましたが、確かに少し固めですが、美味しかったです。コーヒーかお茶に抜群に合いそう。
DSC_0021yahooo-800536-2012年06月23日 21時23分.jpg

台風4号が去った朝です。 
それにしてもスピードが早い台風でした。 
雨風はそれなりでしたが、それほど周りには被害がありませんでした。 
愛用している縞黒木の棹の塗りが剥げました。 
この機会にと塗りの練習にと、塗装を全て剥ぎました。 
カシューのすんちー塗りを試します。 
この棹で新人賞をとりました。 
来年の優秀賞もこの棹で目指すつもりです。 
どんな仕上がりになるか。楽しみです。犬
DSC_0012 コピーyahooo-8001653-2012年06月19日 10時38分.jpgDSC_0013 コピーyahooo-8001499-2012年06月19日 10時38分.jpgDSC_0014yahooo-8001195-2012年06月19日 10時28分.jpg

以前の記事でヤフーで三線を落札したら目論見がはずれて落ち込んだことをアップしました。 
落札したのは去年の10月で、写真をみたかぎりでは黒木と思われたのに、手元にとどいたのは、ほとんど素人づくりのゆし木の三線でした。 
しばらくやる気がなくて、そのまま放おっておきましたが、塗の練習のために再生することを決意しまた。 
2週間かけて棹の古い塗を剥ぎ、月の輪から芯まで手を入れ、削り直し、完成したのが写真の棹です。 
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当初は本当にどうしようないと考えていましたが、材が乾いてそれなりの音がするのと、曲がりが無かったので、もしかしたらと思いましたが、完成してみると標準の真壁型とはいきませんが、それなりに美しい仕上がりになりました。 
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元の棹の天がハナビラーで野丸がかまぼこなどの不細工さはみじんもありません。 
つくづく三線の造形の妙はバランスだとおもいます。 
あれもこれも師匠の新垣先生のお陰です。 
あとはこれを塗の練習でカシューの黒に塗り替えます。 
トーイも取り直したので、どんな音がでるのか楽しみです。 
  • 2012年6月16日 10:25
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よもぎ茶はいかが。

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以前の日記でよもぎを干している記事をアップしました。 
今回干したよもぎの葉からお茶を作ってみました。 
日陰に干したよもぎから葉っぱだけをこそぎとりました。 
干す前は結構な量でしたが、干して葉っぱだけにすると、かなり圧縮できます。 
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あとはそのまま葉をヤカンにかけて、グツグツ煮だすとよもぎ茶の完成です。 
今回は薄めににだしました。飲むと微かな青い草とよもぎの香りがただいます。味は意外にまろやかです。 
三線の練習で喉が疲れた時に、黒糖をかじりながら冷やしたよもぎ茶を飲むと最高です。
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テーマ「工工四を説く 白瀬走川節の吟立てを考える」 
日時 2012年6月15日 PM7:30 
唄三線 山内秀吉 琴 上條三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
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--- 前半 ライブ演奏 ----- 
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1.こにや節 金武節 出砂節 
2.白瀬走川節 
3.暁節(野村流&湛水流) 
4.でんさ節 
5.散山節 仲風節 述懐節 
6.よしゃいなう節 
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上巻節に載っている曲は各地方の特色をうたった曲も多い。 
海や川、山などその特徴を表現するための工夫が曲の中に仕込まれている。 
それが吟立てであり、節であると理解すると、曲をうまく唄うためにはどうしてもそのあたりを理解しないといけない。 
ひとつひとつの吟立てと、拍子の強弱や全体の流れをつかむこと。 
難しいけど、そのあたりがポイントみたいです。 

---- 後半 懇親会 ----- 
今回は人数の少ない会となりましたが、まあ少なければ少ないで濃い話ができますので、それもまた楽しです。
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 前回その2で「うたうこと」読んで感じたことを9つ書きました。

1.発声のための仕組みは、身体の中で毎回形作られ、固定されたものではない。 
2.世界的な声楽家の喉もごく普通の人の喉も、その構造はかわらない。 
3.言葉を喋れば喋るほどを歌えなくなる。 
4.複式呼吸など呼吸法をまっさきに訓練しても唄はうまくならない、むしろ悪くする。 
5.唄がうまくなりたければ地声ではなく、裏声(頭声・ファルセット)を重点的に先に鍛えること。 
6.正しくない発声でも声はでる。しかしそれを訓練として続けると声を潰すことなる。 
7.自分で歌っている声は自分では聞けない。 
8.5.を受けてよい指導者を探せ。 
9.近代の声楽指導法はほとんどが間違っている。むしろ古典的なイタリア流派(ベルカント等)のほうが正しい指導法である。 

 今回は1以降について説明します。


2.世界的な声楽家の喉もごく普通の人の喉も、その構造はかわらない。 
 本によると前回説明したような声をだすための人体の仕組み、なかんずく声帯などの仕組みを高名な声楽家と一般の人と比べた場合、ほとんど差がなかったそうです。
つまりすばらしい声を出すということは、なにか特別な身体の仕組みがあるということではなく、今すべての人が持っている声を出す機能をいかにうまく操るかということが重要だということです。
逆にいうと、普通の人の声を出す仕組みは、日常的に壊れてい仕組みである本では強くいっています。声の仕組みが壊れている?
 なぜそのような事になるのか。私達は自分たちの喉を使う場合、日常生活で言葉を喋ることに特に不自由しているわけではありません。
本では人間の声を出す、この複雑精妙な仕組みが一朝一夕にできたのではなく、遙か昔、それこそまだ人間が言葉というコミニケーション手段をもつ以前から、ある目的に合わせて創りだされたものだと記述しています。そう、古代の人間がつかっていた言葉ではないコミニケーション手段とは唄うことです。
 本の例では赤ちゃんの発音を紹介しています。
 生まれてしばらくの赤ちゃんのあの声、まるで小鳥が囀るような独特の高音域をともうなう言葉にならない声を、あれこそが言葉以前に人が持っていた喉の使い方の痕跡だというのです。

「baby laughing 赤ちゃん笑う」
http://www.youtube.com/watch?v=6PO7c-Fi1_Y&feature=related

やがて赤ちゃんは言葉を覚えるうちに次第にその最初の発声方法をかえていきます。
つまり地声中心の発声に声をかえ、大人になっていきます。

 つまり本来人類は声帯をすべて満遍なくつかって生活していた。しかしやがて言葉を発明し、それがコミニケーションの中心なるにつれ、発声の仕組みを全体域をつかう方法から地声中心の方法、声を出す機能のうちごく一部しか使わない方法に変わってきたというのです。
そうなると身体の機能はどうなるか。
 使わない機能は衰え退化する。これが生物の身体の基本的な動きです。
 言葉は地声中心、つまり声帯のうちは声唇のみで事が足りてしまい、高音域を発生させる声帯靭帯はほとんど使いません。使わない声帯靭帯はどんどん機能が落ちていきます。
つまりほとんどの人は日常において損なわれた機能の発声器官を普通と考えて生活しているのです。これが
3.言葉を喋れば喋るほどを歌えなくなる。 
の意味になります。
逆にいうと良き声楽家というのは、損なわれた機能を回復し、本来の人の持つ能力を十全に発揮した人々だということがいえるわけです。

少々長文になります。 
前回紹介した吟剣詩舞音楽サイトには日本の民族音楽における声楽についての知識・訓練のヒントが少なからずあります。それらを読み込んで、琉球古典音楽の声楽訓練法として実践するだけでも、かなり有益なものがえられます。 
今回は吟剣詩舞音楽サイトの中で資料本として紹介されている本のうち、とくに強く興味をもった本を紹介します。 

「うたうこと」発声器官の肉体的特質 -歌声のひみつを解くかぎ- 
フレディク・フースラー / イボンヌ・ロッド マーリング 著 
音楽之友社 189頁 4300円 
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この本は1965年に英語・ドイツ版が発刊され日本では音楽之友社が1987年翻訳出版されました。 
一読するなりすごい本だということがよくわかり、訳者あとがきでも述べているとおり、出版当時世界中の声楽家たちがこの本を先を争って買い求めたというのがよくわかります。 
内容は良く歌うということを解剖学的に肉体の生理として説明しながら、声を鍛える上での指針を述べています。 
本では膨大な論が記載されており、その全体については目次を参照してもらうとして、ここで特に記憶にのこったもの簡単に述べます。 

1.発声のための仕組みは、身体の中で毎回形作られ、固定されたものではない。 
2.世界的な声楽家の喉もごく普通の人の喉も、その構造はかわらない。 
3.言葉を喋れば喋るほどを歌えなくなる。 
4.複式呼吸など呼吸法をまっさきに訓練しても唄はうまくならない、むしろ悪くする。 
5.唄がうまくなりたければ地声ではなく、裏声(頭声・ファルセット)を重点的に先に鍛えること。 
6.正しくない発声でも声はでる。しかしそれを訓練として続けると声を潰すことなる。 
7.自分で歌っている声は自分では聞けない。 
8.5.を受けてよい指導者を探せ。 
9.近代の声楽指導法はほとんどが間違っている。むしろ古典的なイタリア流派(ベルカント等)のほうが正しい指導法である。 

などなどこれ以外にも一杯あるのですが、興味のある方は絶版状態ですが中古でもなり本書を手に入れて読んでみてください。 
ここでは簡単に1について述べてみたいと思います。 
私達が普段何気なくおこなっている声を出す、唄を歌うということが、実際にはどのように行われているかというのを、本書をもとに自分なりに説明してみます。 

人が声を出すというのは、一般的には息により声帯が震えて、その震えが空気振動してつたわり音波として外界に放出されるということと認識しているとおもいます。 
そしてもう少し発声について勉強した人ならば声帯の振動は口の中、鼻の穴、さらには全身の骨や体組織などに共鳴を起こさせて音色がでるということもわかっているとおもいます。 

以上のことは間違いではないですが、人が声を発声するための仕組みの説明としてはかなり大雑把するぎるのです。人がもつ発声の仕組みは実はとんでもなく複雑な仕組みが必要です。 

まず発声のための固定された仕組みはないと言うことが前提にあります。 
声帯があるではないかと言われるかもしれんが、声帯は重要に要素ではあっても、あくまで身体の発声機構の仕組みの一部でしかないです。 
それを表したのが写真3の仕組みです。 
素人がフリーハンドで書いたものであり、細かい部分など書き落としているますが、だいたいこんなものだと考えください。 

声帯が振動しているというのは正しいのですが、実際のところ声帯は2種類の部分で構成され声唇とよばれる自ら形を変えることができる筋肉でできた2枚の膜とそれの表面を包む声帯靭帯とよばれる自らは動くことができないが、強靭な膜で出来ています。 
簡単にいうと地声(胸声)はこの声唇の振動を主につかいます。そして裏声は声帯靭帯の振動です。 
どちらも膜ですので、良く振動するためには薄く膜状に張ることが必要です。特に自ら動く事ができない高音域を担当する声帯靭帯は薄く伸ばせば伸ばすほど高い音域を出すことができますので、そのことは重要になります。 
そのため仕組みが図の仕組みです。 
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この図にあるとおり声帯は気道の途中にある輪状軟骨と甲状軟骨という2つの筒状の骨の内部あります。内部で一方を披裂軟骨でつながりも一方の端を輪状軟骨とつがっています。それぞれ輪状軟骨・甲状軟骨・被裂軟骨は別々に動けるように繋がってます。さらにそれづれの軟骨は図で示されたような筋肉で縦横上下とつながり、別々にどの方向にも動けるようになっています。つまり声帯という仕組みは、常に気道の途中で宙吊り状態で存在しているということになります。 
ある声を出すということたとえば「あ」という声を出す場合には以上の仕組みが複雑にうごいて、最終的に声帯は「あ」という震度をだすための緊張状態をとります。呼気を通じてその振動はさらに口腔や鼻腔など共鳴組織を通じて音を整えて、外方に放射されるということです。 
これら複雑な動きを人は通常意識せずにおこないます。 
ここで問題なるのは、つまり声というはの毎回違う音を出すたびに、その発声器官の構成要素を動かしているということです。本で例えをだしていますが、楽器に例え三線だと考えると、常には棹も弦もカラクイも胴もすべて外してバラバラであり、ある音だすときには毎回それぞれを組み立てて一つの三線にしてから弦を弾いて音をだし、それが終わるとまたそれぞれの部品に別れる。人間の発声器官というのはそういうものだと言うことです。 

これを知ったときにはかなりショックでした。 
声を出すということは、これだけ膨大な組織が関係しているのだと、初めて知りました。 
そしてこれだけ複雑精妙な仕組み全ての人が持っていて、しかも言葉を喋るためだけなら実はこれだけ複雑な仕組みが必要ないことも。 
ではなんでこれだけ複雑な仕組みが必要なのか。 
そう、それは唄を歌うためになのです。 

その3に続く


今回は少し長文になります。 
琉球古典を学んで数年立ちました。 
唄・三線と称されるとおり、この2つの要素が修行の中心です。 
今回はそのうちの唄について少しばかり述べてみたいと思います。 
三線を始めた当初から自分の声はコンプレックスでした。 
声が上は伸びない、下は出ない。 
もちろん三線を弾くこと自体も不器用な自分には難しいものでしたが、こちらは不器用なりに一生懸命やればいつか身体がついてくる信じていたので、それほど気にはなりませんでした。 
しかし声は訓練すれば多少上手くなることはあっても、生まれついての悪声はどうしようないとある意味諦めていました。 
それでも低い帯域は生まれつきで変えようがないとしても、高いところはなんとかなるのではないかと、横浜に単身赴任していたころは、よくマンションのトイレで地声を精一杯張り上げて練習しました。 
それでうまくなったかというと、よく喉を荒らして2.3週間咳き込んでいたものです。それを毎回繰り返してやはり声は良くならないものだとちょっと諦め気味の状態で2009年のコンクールでは新人賞を落選しました。 
それが沖縄にかえり、まず湛水流の山内先生の門をたたいてから声についての認識が徐々にかわりました。 
三線の練習のなかで先生からは琉球古典における、正しい声の使い方について、教えて頂きました。教えのなかである意味ショックで、興味深かったのは、琉球古典における裏声というか高音域の大切さでした。 
一般的な琉球古典の発声の教えでは、古典は地声だけをつかい、裏声は厳禁というものでした。 
山内先生の教えは、古典においても高音域は息を抜いた声使い、つまり裏声というものを使い、発声においては重要な要素であるというものでした。 
実際練習のなかでは声を鍛えるメソッドもあり、それが功をそうしたのがどうか、翌年のコンクールでは新人賞を取ることができました。 
そこから声楽についてある程度専門的な知識、練習の必要性に思い至りインターネットでいろいろ調べました。 
そしてたどり着いたのが以下のサイトでした。 

吟剣詩舞音楽 
http://www.kcc.zaq.ne.jp/ono/index.html 
ここのとくに以下の3つのページは読んでいろいろな意味で参考になりました。 
■吟詠音楽講座(発声の原理) 
■吟詠の為のヴォイストレーニング 
■吟詠の為の発声練習実践編(伴奏付) 

サイトは、上記の3項目以外のページも本当に丁重につくられていて、日本の古典音楽における声楽に興味が有る人には実に良いサイトだと思われます。 
そして山内先生の教えと、このサイトを参考に琉球古典における自分にあった声の出し方とはどのようなものか、研究の日々がはじまりました。 

2つ情報元が指し示しているのは、発声における高音域の裏声の重要さについてです。 
そして吟剣詩舞音楽のサイトから浮かび上がってきたあるキーワード、それはベ「ルカント唱法」というものでした。 


その2に続く。 

山内秀吉先生のブログ。 
「フラワー&カフェ ライブ空間てんてん」 
http://tententen.ti-da.net/ 
テーマ「工工四を説く 平敷節の吟立てを考える」 
日時 2012年6月8日 PM7:30 
唄三線 山内秀吉 琴 上條三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
tenten-800536-20120609 1408.jpg-
---- 前半 ライブ演奏 ----- 

1.謝敷節 こにや節 白瀬走川節 
2.平敷節 
3.諸鈍節(野村流&湛水流) 
4.古見の浦節(今回は中止) 
5.干瀬節 子持節 散山節 
6.よしゃいなう節 
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工工四の上巻は本当にむずかしいと思います。 
細かい節回しなど、最近は昔節(うふぶし)しか一生懸命練習していない身には脂汗がでます。 
山内先生には今日も細かい節や吟についての解説で本当に勉強になります。 

------- 後半 懇親会 ------- 
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今回は大阪からお二人の男性がきていました。 
それぞれ八重山民謡の試験を受けに来沖中とのこと。 
お二人にはデンサー節とトゥバラーマを聞かせ頂きました。 
今晩もまた素敵な夜になりました。 

それまでと部材の違う水牛の角をつかって、古典用と民謡・速弾き用の爪を作ってみました。 
写真むかって右の長いのが古典用で短いのが速弾き用です。
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これまでの黒い水牛の角ではなく、白というかベージュの角をつかいました。 
長いのはTenpuⅡ型のBタイプ、短いのはTenpuⅢ型としたいと思います。 
短い方は民謡の練習でつかっていますが、まあまあの使い心地です。 
古典と速弾き用の違いは長さの違いですが、実際には弦を弾く位置がちがってきます。 
長い古典用はチガーの周辺かもしくはすこし出たぐらいの位置、短いのは一般的なチーガーの半分から3分の2ほど上の位置になります。 
でてくる音色が違うのがよくわかります。
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テーマ「工工四を説く 本花風節の吟立てを考える」 
日時 2012年5月18日 PM7:30 
唄三線 山内秀吉 琴 上條三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
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----- 前半 ライブ演奏 ----- 
テーマ「工工四を説く 謝敷節の吟立てを考える」 

日時 2012年6月1日 PM7:30 
唄三線 山内秀吉 琴 上條三枝子 
場所 首里山川町1-7 フローリスト花枝2階 
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1.こにや節 ・大兼久節 ・仲順節 
2.謝敷節 
3.首里節(野村流&湛水流) 
4.伊野波節に挑戦 
 明日からの試験にむけて新人賞を受験する3人が歌います。 
5.八重山民謡特集 
鷲の鳥節 
鳩間節 
目出度節 
6.白鳥節 
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------- 後半 懇親会 ------- 
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今日も結構な量な料理が並びます。
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今回美味しかったのは、足てびちのおでん風煮込み。
大根に味がしみてうまかったです。

庭のシークワーサーを見回っていると、木の皮に白い泡がでているのをみつけました。 
カミキリムシの幼虫が活動している証拠です。 
硬い針でその部分をほじくり、殺虫剤を噴霧していると、微かにガサッという音とともに太い糸のようなものが目の前にたれさがつていました。 
その元をたどると木の裏側になにかいるようす。 
糸が薄い緑色を基調に黒の斑模様がついているのに、ピンときて、手のひらで捕まえました。 
出てきたのは、キノボリトカゲの成虫です。 
子供ころには憧れて、つかまえようにも俊敏で高い木の上にはりついた、こいつはなかなか捕まえることができませんでした。 
それがいまこの手の中にいます。 
ちょっと感激です。写真をとったらまた放してやりました。 
なんかちょっとうれしくなった梅雨の午後でした。tenten-800536-20120602 0114.jpg

DSC_0007.JPGtenten-800536-20120602 0114[1].jpg

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