2009年8月アーカイブ

長文注意です。

 17日に挑んだ新人賞の結果は、落第でした。応援していただいた方には申し訳ないと思っています。
三線教室から9名受けて、私一人が落第ということなので、師匠には本当に済まないと思いながら、まあこれも実力ということで、来年に向けてもう一度受験の準備をしたいと思います。

 考えてみれば2005年の6月に三線を学ぶためにM先生の教室の門を叩いてから、もう4年2ヶ月がたちました。
 うまれて初めて本気で楽器を演奏し、唄うことを学び、そして徐々に琉球古典の世界の面白さに目覚めていった最初の3年間、そして去年の12月に新人賞を受験すると決意してからほぼ9ヶ月をかけて挑んだ受験のための三線ライフはそれまでの3年間とは、またまったく違った物でした。
受験に失敗しましたが、9ヶ月かけてやれたことは、自分としてはびっくりの連続でした。
 
 その1・こんなに長い曲(6分30秒)を完全ではないですが演奏も歌も覚えることが出来たこと。
 その2・自分の声が高いところでチューナーベースでDぐらいまでしかでなかったのが、いま確認するとAまででるようになった。
  これは D → E → F → F♯ → G → A ですから、+5音まででるようになったということです。
  伊野波節でいえば一番高い八の音を出すのに音高1でやっとだったのが、音高3で普通にうたえるようになったということです。
  しかしこれは良いことばかりではなく、この変化はとくにこの3ヶ月ぐらいで顕著になってきていて、このあたりの自分の肉体の変化とそれを制御する耳の音感能力の低さとのバランスの悪さが今回落選の一因にもなっているようです。
 その3・うまれてこの方、たった一人で、こんなに大勢の前で注目をあびながらなにかを発表する機会というのは、あまり心当たりがありません。貴重な機会でした。
 その4・いまさらながら自分が学んでいる琉球古典というのが、いったい何なのか、真剣に勉強をはじめました。こんなに真剣になにかを探る。それも純粋に楽しみのために学ぶというのは、久しぶりの体験です。そしてまだ勉強しはじめたばかりですが、琉球古典の奥の深さに目がくらみそうです。
 その5・幸か不幸かたくさんのすばらしい先輩の方々や仲間と知り合い、良いものとそうでないものが判るようになりました。たぶんこれからももっとすばらしい、そしてある意味つらい出会いが待っていると思います。

 こんなびっくりの連続の楽しい趣味を、このままやめるわけにはいかないので、来年の再挑戦の準備をします。
 まずは今回の反省です。
 これをつぶさないと来年もまた同じ失敗をします。

 まずどういう失敗があったのか。
 自分でもわかっているつもりですが、まわりの声を総合すると
  【失敗1】.三線の演奏が一部乱れていた。
  【失敗2】.声においては、後半の最後に音程が上にずれた
 この2点です。

 原因というほどでもないですが。
【失敗1】の直接の原因は舞台の上であがってしまい、指が演奏を忘れたこと。
【失敗2】も似たようなものですが、言う所の音感、耳ができていないということだと思います。

 では対策ですが。
 失敗1も2も、どちらも舞台であがって起きたことですが、あがることは誰しもおこることなので、言い訳になりません。
 【失敗1】においては、問題はあがったときになぜ指が演奏を忘れてしまったのかです。
間違えたのではなく忘れたということは、自分のなかで弦楽譜、つまり三線を弾くことが完全に覚えていないことを意味します。
自分なりでは回数を重ねて覚えたつもりが、舞台で忘れてでてこなくなるというのは、どこか覚え方に問題があると思われます。
 今回受験の終った後で、沖縄の石川市に住む先生の師匠にあたるH先生のお宅に、受験の仲間とお邪魔させていただきました。
 美味しい料理をふるまっていただき、面白い話を伺い、すばらしい演奏まで聞かせていただきました。
 そして、そのときの大先生の壁にかけてある標語が、その解決策ではないかとおもいます。正確には後で聞き取るつもりですが、このようなことだったと思います。
 曲を覚える方法は
1.拍子を覚える
  2.歌詞をつける
  3.節をつける
  4.声を乗せる
 の順番だというのです。
 私の理解がまちがっていなければ
1.はまず弦楽譜をおぼえ、三線を弾く。
2.三線の演奏に歌詞を乗せる。
3.歌詞にリズムなどの強弱をつける。
4.それぞれの音高で正しく唄う。
 これらは一見あたりまえのようですが、実際のところ私のいままでの唄の覚え方だと、一つの曲を演奏も唄も丸覚えで覚えていました。私の場合、これだと覚え方が浅いと唄わないと指が動きません。
 しかしH先生の教えていることは、工工四においては、覚えるにも優先順位があり、最初は弦楽譜をしっかり弾いて覚え、その上に唄をのせていくということだと思います。
 これは実際に古典を唄うさいの理屈にあっています。
 琉球古典および民謡の三線音楽は、同じ三線の弦楽譜をつかって本歌とそれ以外の歌詞でうたうことが良くあります。
 この場合、一つの曲を弦楽譜と歌を一体で覚えてしまうと、かなりしっかり覚えないかぎり、歌詞がかわるたびにまったく別の曲として覚えなおさないといけません。
 そうではなく、手間がかかっても工工四でいうところの弦楽譜と声楽譜はべつのものとかんがえ、弦楽譜をベースにして、そのうえに声楽譜を乗せて曲を構成するということだとおもいます。
 したがって伊野波節についても、これまで覚えてきた曲についてももう一度手間でもこの方法で再度覚えなおそうと思います。
 なに時間はたっぷりあります。
 失敗2の対策ですが、声と演奏があっていません。
 現在は音高3で伊野波節を歌っていますが、はたしてこれが正しいかどうか。
 基本的には、始めたところにくらべて音域の広がった声の音程を落ち着かせて、しっかり把握することです。
 これはたぶん音高を2から3、3から4、そして5くらいまでを何回も唄って、自分の声の本当に良い音の高さを決める。※目標は音高4かな。
 それから三線のもつ音の高さと声の高さの関連をしっかり体でおぼえることだと思います。

 なんにしても来年の8月は遠いです。
 それまでの目標は次のとおり。
目標1 伊野波節を音高4で唄う。
目標2 伊野波節を工工四どおりに演奏する。
目標3 チンダミをチューナーを使わずに耳だけで行う。
目標4 これまで三線教室でコピーでもらった曲のうち古典の優秀賞対象曲以外をすべて暗譜する。
 大きな目標ですが、自分にとって今度の落第がつぎのステップのためのきっかけになり、そしてより楽しみながらぼちぼちやっていければと思います。
このブログは来年の新人賞受賞まで続けます。
犬

長文注意

 17日の新人賞は落第しましたが、翌日の18日は先生と教室の仲間とともに沖縄の歌の聖地めぐりをしました。
 朝8時半に奥さんをつれて家のワンボックスで那覇にあるみなの宿泊先である船員会館に向かいます。
 着いたら新たにかりた2台のレンタカーともに3台の車を連ねて、まずはざんぱ岬に向かいます。
途中でたどり着いたのが、読谷村楚辺にある沖縄で三線の始まりを作ったという伝説の赤犬子(アカヌコ)の宮です。
住宅にはさまれた狭い坂道をあがり、宮の鳥居をくぐると綺麗に整備された祠があります。
 ここでお参りをします。
 そのあとは残波岬にいき、灯台と断崖絶壁から海をながめます。
次は万座毛です。とにかく夏の日差しが暑いこと、暑いこと。半端じゃないです。
 次にそろそろお昼だというので、名護にある宮里そばでソーキそばを食べました。
 これが旨いかった。
 500円でソーキの塊が5から6は入っていました。スープも出汁がきいてシンプルで麺もうまかったです。
 そこからいよいよ今回の目的の最大の場所である伊野波節の舞台になった伊野波の石くびりです。
今は公園になっていて、舞台があります。
公園は小高い山の上にあり、下の駐車場に車をおいて、みな三線を抱えて歌を歌いながら山をのぼっていきます。
 先生の発案で三線の道ジュネをしながら伊野波をお参りしようというのわけです。10名ちかい大人が三線をかかえて歌を歌いながら歩いていくわけですから、途中の集落のみなさんはさぞ迷惑だっただろうとおもいます。それでも石くびりの途中にある伊野波の石碑でみんなで写真をとり、さいごに山の頂上にある公園にたどつき、コンクリートづくりの舞台で伊野波節を青空に向かって唄います。
 それはそれは気持ちのよい演奏でした。
 先生は感激のあまりに涙していました。
 そのとき舞台のまえの広場で草むしりをしていたおじいさんがいたので、地元の方が迷惑できたのかと最初はおもいました。
ところが話を聴くと、その方はもともと公園になるまえの、この土地を所有していた方で、市の方から公園化の話があったときに土地を譲ったそうです。
そうもとの地主の方だそうで、今は自分の土地ではないが、ボランティアでこちらに草むしりに来ていたら、あまりにいい声がみんなが歌っていたので、こちらにきたとのことです。
しかもこの方よくよく話を聴くと、野村流の師範とのことで、偉い方だったようです。
 みんなで一緒に写真をとらせてもらいました。
 伊野波をあとにして本日の最後の目的地に向かいます。
そこはうちの先生の沖縄での先生に当たる方で、石川に住まれている方のお宅でした。
H先生は気さくでおもしろい方でした。
 美味しいジュシーメーやアバラ骨の汁など美味しくいただき、私は運転なのでのめなかったのですが、仲間が美味しい古酒をいただきました。
 うーん、呑みたかった。
 そこでうかがった話は面白い中にも、ほんとうに三線弾きのためになる話ばかりでした。
 そして最後に三線の演奏と歌を歌っていただきました。
すばらしいものでした。短い時間でしたが、ああ、三線というのはこれほどまでに繊細、軽妙な音を奏でることができるのだと思わされました。
 大先生のお宅を後にして、那覇についたのが午後7時でした。
 この日は一旦散会して、私は家にかえり、シャワーを浴びて再度夜の那覇にまいもどり、遅くまで酒を酌み交わしました。
試験の結果は残念でした。しかしその翌日はすばらしい一日でした。どちらの一日も一生わすれえない一日として記憶していくと思います。

 明日ではなく、早今日となりました。
 8月17日とうとう去年の12月から目指してきた野村流新人賞の受験日となりました。
 昨日は本土からやってきた三線教室の先生と仲間たちを那覇空港に車でむかえ、その足で首里城に走りました。
 午後4時から行われる琉球舞踊の催しをみにいきたいとの希望を適えるためです。
 首里城につくと先に来ていた教室のメンバーと合流し「舞のさそい」と題された琉球舞踊を鑑賞します。
演目は
 (1)若衆こてい節 
 (2)四つ竹 
 (3)天川 
 (4)谷茶前 
 (5)貫花 
 (6)加那ヨー天川
です。天川の途中ですこし眠たくなりましたが、踊りといい、演奏といい、無料でみるのがもったいないぐらいのすばらしいものでした。
 そのあと宿泊の船員会館にむかい、6時からはじまる明日のリハーサルに供えます。
 練習開場は7階の会議場です。
 そこで本番にそなえて、リハーサルで歌います。
 自分に番になり張り切ってうたいましたが、第2節の一部で手が一瞬わからなくなりました。
 歌い終わってみると音高3のはずなのに、先生からは肩に力が入りすぎで音が外れている、他の先生からはいっそのこと音高4で歌ったら言われました。
 なんか本番に近づくにつれて音のはずれが激しくなっているような気がします。
 今日はおわってからのみんなと一緒の食事でも酒は一滴も飲まずに(まあ車の運転していますからね)家に帰りました。
 本番は大丈夫か?俺。
まあ泣いても笑っても本番はきます。肩の力を抜いて普通にやれるように努力するしかありません。
 新人賞受験日まであと4日、教室のWさんからアドバイスもあり、受験につかう三線を専門の業者にみてもらうことにしました。
 といっても実家のお隣りが三線の製作工房をやっており、皮貼りや漆塗りを頼んだりしていたので、そこに持ち込みます。
※三線を始めるまで、となりがそんなところだとは気がつきませんでした。人間ってのはほんといい加減です。
持ち込んだのは2台、一台は横浜でいつもつかっている三線で友人のお父さんが使っていたもの。
もう一台は実家で弾くためにおいてある予備の三線ので、これはオヤジの形見。
2台をみてもらい、カラクイの状態や糸と全体のバランスなどを見てもらいました。
 その結果工房のマスターの勧めもあり、受験は日ごろ使っている方ではなく、実家においてあった方を使うことしました。
 日ごろ使っているのは音は好きなのですが、作りが特殊ですこし音に不安定なところがあるようです。
 オヤジの形見の三線は、決して音は悪くないのですが、非常にオーソドックスなつくりに思えて、日ごろは予備の扱いでしたが、やはり受験となると安定性が一番ということで、こちらにきめました。
 亡くなったオヤジは若いころ、沖縄から本土に出稼ぎにいき、そのため方言があまり得意ではなく、親戚づきあいに苦労したそうです。
それを克服するために三線をはじめたと聞いていますが、はたして結果はどうなのか・・・結末は聞いていませんが、後年はあまり弾いてところは見たことがなかっので、まあそういうことだと思います。
 しかしオヤジのそんな姿が、なんか自分に重なるような気がするのは気のせいか。
 私の手にこの三線が今あるのもなにかの縁と考えて、受験にお付き合い願うことします。
 家に三線を持ち帰り練習です。練習回数は昨日ぐらいから少し増やして伊野波節を10回です。
いまさらとはおもいますが、練習していないと不安になるので、どうせならとのどの調子をみながら歌っています。
さすがに1100回以上うたってているので、今の歌い方でやるかぎりは、そんなにのどがおかしくなることはないようです。
 それにしても、やはりところどころに音程はずれや、手のうっかりミスがまだあります。
 注意しなくては。
 それでも三線の音を確認すると、安定した感じがして、こちらは安心して歌えます。
 泣いても笑ってもあと4日、これで合格を狙います。
犬

 いよいよ明日は沖縄にかえります。
 台風はなんとか本島をそれたみたいです。たったったぶん大丈夫あせあせ
 それで昨日は沖縄にかえる前の最後の三線教室に参加です。
 明日沖縄にかえったら、新人賞の受験日である17日まで、一人で練習するしかありません。ちょっと不安むふっ
 その教室で先生から「沖縄三線の節歌の読み方・大城米雄 編著・4286円+税」という本を購入しました。

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 この本は工工四節歌(フシウタ)の発音について、その読み方を判りやすく説明したものです。琉球古典音楽は歌三線というわれるぐらい、その演奏は実のところ歌が重要で、三線はそれをささえるためのものだといってもいいかもしれません。
 しかしそれだけ重要な歌ですが、古典は琉球王朝時代に作られたもの。そこで使われている言葉はもちろんウチナーグチ(沖縄方言)、それも大昔の首里地方を中心とした方言、古語となります。現代からみると歌詞の内容を理解するのはかなり難解であり、また書かれている言葉にたいして、実際の発音が違う場合がよくあります。
 この本は野村流音楽協会発行の声楽譜付工工四の上・中・下・続巻の153曲について歌の意味とその発音をローマ字・ひらがな・漢字かな混じり文で解説しています。
私のように沖縄生まれとはいえ、ウチナーグチのできない者が古典やるうえでは、欠かせない知識の塊です。
 値段はちょっと高いですが、大切に読み込みたいと思います。犬

 前回7月28日に新人賞の受験に向けて三線の整備をしました。
 行ったのは

 1.絃の張りなおし。
 2.チーガーの蛇皮へのオイルの補給。
 3.ソー(棹)・チーガ(胴)の間のガタ修正。

でした。
 このうち3のガタの修正はガタついている隙間にセロハンテープを張るという応急処置でした。
 少しは音質的に落ち着いたようなきがしましたが、やはりそこはセロハンテープ、永い時間は持たないと判断はしていましたが、8月2日の壮行会が迫っていたのでとりあえずの応急整備ということでそのまま使いました。
壮行会もおわり、いよいよ日程的に8月17日の試験本番のみを残すだけになりました。
 この機会に三線のガタつきの正式な整備を行うことにしました。
 このような場合ガタつきをうめる素材してよく使われるのが竹であることは知っていました。
しかしいざ探すと乾燥した竹の素材は、こんな都会ではなかなかみの周りにみあたりません。
それでもなんとか使えそうと探し出してきたのが、団扇の柄の部分です。
乾燥しており、大きさもぴったりです。
早速カッターで柄だけを取り外します。

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つぎに端から必要な大きさの薄い板状(スペーサー)に切り離します。

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こんな加工には竹は持ってこいの素材です。
最後にソー(棹)とチーガ(胴)のガタツキにちょうどはまるようにミニドリルの砥石をつかってスペーサーの厚みを調整します。
20090804_3.jpg

調整したスペーサーをソー(棹)とチーガ(胴)の間に挟みこみます。
 このとき注意するのは、ソーからみて上と下の隙間のどちらにとりつけるかですが、この場合は下に取り付けるべきだと考えます。
ソーとチーガの上の接触部分は音に直接関係するのと、それぞれの水平関係がくずれると考えられるからです。
実際チーガーが製作されてソーを取り付けるときの調整跡をみると、そのようになっています。

 結果ですが、音質的にはかなり変化しました。
絃を爪弾いたあとの余韻がまったく違います。
あと全体に音が引き締まったような気がします。
やはりセロハンテープとはまったく音が違います。
 これを読んでおられる方で、もし現在使用している三線のソーとチーガのガタツキが気になるほどのものであれば、スペーサーでの整備はお勧めです。
但し今回の整備は私の個人的な責任でおこなったものであり、その効果は保障するものではありません。
あまり自分での整備に自信が無い方は、お持ちの三線の製造元か三線の専門業者に整備をお願いするのが一番だとおもいます。
 新人賞本番まであと13日です。整備のおわった三線で最後の追い込みにかかりたいと思います。

※長文注意

 野村流新人賞の受験日もいよいよ2週間後にせまってきました。
 昨日は野村流の壮行会に参加しました。
 壮行会は受験生のための模擬試験も兼ねて、野村流関東支部が応援のために開催します。
 午後1時にスタートですが、私たちの教室では模擬試験でも本番の試験とおなじく着物と袴をきることにしているので、ちょっと早めで午前11時に川崎駅に到着しました。ここで教室のIさんと待ち合わせて銀柳街入り口まで移動します。
 昼前なのでここでいったん昼食です。前もいったことがあるバス停ちかくの海鮮丼屋で、今日は定番のマグロ丼と蟹の味噌汁をたべました。これで680円ぐらいだったかな。やっぱり安くて美味いです。
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 腹ごしらえができたら銀柳街入口バス停から中島交番前まで十数分ぐらいでしょうか。 
 路地に入り、すこし行くと会場の「沖縄労働文化会館」が見えてきます。

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 玄関から2階にあがると開始一時間前にもかかわらず数人がもう来ています。よくみるとみんなM教室の仲間ばかりです。みなさんかんがえることは同じようです。
 会場はほぼ机や椅子、そして舞台の準備などがおわっていました。

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 しばし無駄話をたのしんだあと、先生たちも開場の準備をはじめたので、私たちも着替えます。
参考にインターネットからひろってきた資料をみながらの着付けです。
まずは襦袢を着て、紐のかわりにゴムできたバンド状の帯で止めます。
留めるのもベルクロテープ式なのですごく便利です。
その上から紋付の着物を羽織ります。いよいよ帯締めです。
2日前から練習していたので、結構時間がかからず、うまく結べました。
教室のMさんは歳の功なのか、この時点でもう袴まで着付けがおわっていました。早。
本当はIさんの着付けを手伝うつもりでしたがが、こちらは先生がついてくれたので、ちょっと助かりました。
 いよいよ袴です。
こちらも以前までは4本の紐をどうやったらいいのかわからずに他の方の手を煩わしていました。
今回はこちらも自分の手だけで、うまく最後の十字の結び目までうまくいきました。
以前までは帯にしても、ただ単に縛るだけの状態でした。
 さすがに4回目になってくるとうまくなっています。
 写真をとりましたが、さすがに危険物は披露できません。
 やがて他の教室の生徒さんも集まりはじめます。
 開始前にIさんと二人で、向かい合わせで練習に伊野波節を1回唄います。
 午後1時になり、いよいよ模擬試験の開始です。
司会の声で本番の受験番号順に呼ばれます。
そのたびに舞台袖からまっていて、次々に受験生が舞台で自分の課題曲をうたいます。
新人賞の場合は伊野波節か稲まづん節ですが、今年は伊野波節が多いようです。
やがて自分の前のIさんの番号がよばれます。私はIさんの演奏が終わるまで舞台袖で待機します。
 待っている間、手には嫌な汗が染み出してきます。
 聞こえてくるIさんの歌三線は最初の聞いたときとは雲泥の差でうまくなっています。Iさんは新人賞を受験しますと決意したのが、他の方にくらべ少しおそかったので、時間不足が心配されたのですが、ここにきてこの完成度はすごい努力をされたのだろうと感心させられます。
 てなことをかってに思っているとIさんの演奏がおわります。いよいよ自分の番です。
退場するIさんと入れ替わり、舞台の袖に立ちます。
舞台が明るく緊張の一瞬です。それでも最初に模擬練習で舞台にたったころに比べると格段に落ち着いているのが自分でもわかります。
 自分の受験番号がよばれます。
審査役の先生たちに向かいまず一礼します。
舞台中央にむかって歩き、座布団までいきます。
座布団にすわり、手前に三線をおき、爪はその右におきます。
演奏しやすいように座り直し、袴の乱れを直します。さらに襟の乱れをチェックします。
チェックが完了したらあらためて審査員をみて、両手を手前についてお辞儀をします。
爪を右手にはめ、両手で三線をいったん膝の上におき、改めて正式の演奏の姿勢に三線を持ち直します。
三線の高さは肩の位置、チーガ(銅)と体の間にはこぶし一つが入る程度の隙間をあけます。
チーガの面は垂直よりはすこし手前に傾けます。
背中をのばし、視線は審査員の机をみます。つまりすこし伏し目がちですね。
姿勢がすべてきまったら、演奏おわりまで下半身は微動だにさせません。
とまあながなが書きましたが、実際は座布団に座って、膝の上に三線を構えるまで、1分もかからないと思います。
 まずは合四工それから工四合と弾きます。三線の絃の調子をみると同時に、審査員に自分の歌う音高を知らせます。
 そしていよいよ最初の伊野波節の演奏をはじめます。
喉の調子は、すこし違和感と咳がでますが、ここしばらくの独唱のでは割といいほうです。
審査員の表情もある程度わかるし、落ち着いて演奏もできています。
 問題の第二節、「リイー」からはじまる難所です。音高3だと工工四で8、チューナーでいうとF#の超高音が3箇所でてくるところです。
自分的にはクリアーしたつもりですが、あとで評価を聞くと・・・・
 とにかく自分的に指のはこび、リズム、音程、歌などスムーズに歌えているつもりでした。
ああ楽勝・楽勝とどこかで気の緩みがでたのだと思います。
伊野波節全13節のさいご、1つ手前の12節を唄ったところでした。
 膝の上においた三線が妙にずれて来ているような気がして、そっちに一瞬気持ちが行った瞬間でした。
 いきなり頭がホワイトアウトしました。
 自分がどこを歌っているのか、そしてなにかしら指は絃をひているのですが、何を唄い、どこをひているのか判らなくなっていたのです。軽いパニックです。
それでも声をたよりに13節の頭からなんとか演奏にもどることができました。たぶん数十秒の間だったと思います。
 演奏が終わり、もう一度三線を手前におき、礼をし、三線をとりあげて、舞台袖にひきあげます。
 やはり舞台には魔物が住んでいるようです。
 あとで先生から評価を聞くと、まず音程はずれが何箇所かあったそうです。そして歌と指の動きがあっていないところがあったとのこと。
 音程はずれは喉の調子が良いことに、上がってしまって上にずれたのではないかと考えられます。
 歌と指の動きはパニックになった場面だとおもいます。
これが本番だったらとおもうとゾッとします。
あと2週間はこの部分を徹底的に練習しないといけません。
このあと他の受験生の演奏がつつぎ、1時からはじまった壮行会は結局夜の7時までつづきました。
打ち上げで審査員役の先生たちのから講評をきき、ビールと泡盛で乾杯し、受験についていろいろな話をききます。
打ち上げは2次会までつづき、そのなかでもある先生がいった古典音楽についての教示が気に入りました。
 琉球古典音楽の本質は型である。いかに正確で美しい型で演奏するかが勝負であるとのことでした。
 琉球古典音楽は一般的に知られる沖縄民謡とは、どこか違う部分があるのはわかっていました。ではそれが何かをいうことを簡潔に言うとそういうことになるのではないかと思います。
 工工四に書かれた弦楽譜および声楽譜を正確にトレースし、唄いこむ。一種の様式美の世界であるということかも知れません。

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